2008年12月01日

<第19回浦安文学賞奨励賞>
地下足袋
向井 晴美

田中曽女・画

<むかい・はるみ>=昭和22年5月、大阪府堺市生まれ。主婦。堺市在住。

 目が覚めたとき、ここがどこなのか、なぜここに居るのか解らなかった。
 窓枠やカーテン、そして手に刺さっている点滴の針、消毒の臭い。ああ、私は手首を切ったんだった。死なずに病院に居るのか、頭が痛い。
「気ぃついた? 看護婦さん呼ぼか」
「待って、あんたが私を?」
「そうや、水欲しかったからノックしたけど返事ないし、中に居てる気がして入ったら、倒れてて」
「鍵掛けてたのに」
「潰した。後で直しとく」
「救急車で?」
「うん。あかんで、こんなこと……もうしたら」
 哲夫は作業服姿で、私を起こすときに付いたのかシャツは、血で汚れていた。
「家に連れて帰ってほしい」
「まだ動いたらあかんやろ。だいぶ血ぃ出てたし」
「病院嫌いやねん。連れて帰って」
「ほな、ここへ来るような事したらあかんやん」
「死ねる思たんやもん」
 白い天井がゆっくり揺れて霞んだ。涙がこめかみを伝い、耳に入ってくる。
 また生きてしまった。
 哲夫がどのように主治医と掛け合ってくれたのか、私は明くる日の午後には自分の布団の中に居た。
 病院を出るときも、タクシーに乗るときも目眩がして、足が前に進まずに何度も哲夫にしがみついた。
 午前中に帰れるはずが、手続きや私の動きが鈍いのやらで今になってしまった。
「仕事してくるから、じっと寝ときや。後で何かうまいもん作ったるよって」
 哲夫は仕事の現場へ戻って行った。窓の外で哲夫と親方の話す声が切れ切れに聞こえる。迷惑を掛けてしまった。
 私が今住んでいる長屋の奥の家が、この春から建て替えをしている。私の家は表から二軒目。現場へ毎日という位哲夫は家の前を通って行く。買い物帰り等に会うと「えらいすんません。ややこしいけど辛抱して下さい」と頭を下げた。
 先日、自販機が壊れて飲み物が出て来ないところに出会ってしまい「どうぞ」とミネラルウオーターを飲ませてあげた事から少し話す様になった。
 トラックが長屋の表通りに止まり、沢山の瓦を運んでいる職人の中に哲夫がいた。棟上げを終えた柱だけの家に屋根板を打ち、瓦を下から葺いていく。
 屋根屋が大工とは違う職人なのをその日初めて知った。
 ニッカーズボンに地下足袋を履いて、重い瓦を肩に担ぎ軽々と梯子を登って行く。ズボンも地下足袋も泥で汚れていた。

 一年前、やはり今日のように蝉の声が降ってくる暑い日だった。車の中はクーラーが良く効いていて、私の好きなドリカムのBGMが流れていた。対向車がセンターラインを越え正面衝突。夫が死んで私だけが助かってしまった。
 二人で、琵琶湖まで泳ぎに行く途中の事故だった。
 死ななかった自分を責め、夫の死を教えてくれなかった皆を恨んだ。そして私は声を失った。
 私が家に帰れた時は、葬儀も四十九日も済んでしまっていた。
 義母は息子を殺した嫁と縁を切ると、迎えに来た兄に言い、兄は私を福岡の実家へ連れて帰った。
「貴子ちゃんお帰り」
 兄嫁と甥の翔が玄関で迎えてくれた。ここは私たち兄妹が育った家、両親は既に他界していたが、兄夫婦が跡を継いで農業をしている。
 口の利けない私と字の書けない四歳の翔は画用紙にクレヨンで絵を描いて過ごした。腰の骨を折り、失語症になった私にリハビリの為、病院に行くよう煩く諭す兄の言うことも聞かず、家にいた。
 兄夫婦が作る新鮮な野菜や米のお陰で、十キロ痩せた体重が少しずつ増えてきていた。
『おいしい物ばかり食べてたら太ってしまう』
 私が画用紙にそう書くと、
「散歩でもしてきいよ。こげな天気で暑かろが」兄嫁は笑って言った。」

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 八月も終わろうというのにまだ暑い日だった。ポシェットにメモ帳とサインペンを入れ、電車で天神まで出た。
「何しょうと?」
「腹減ったし、何か食いたい思て探してんねん」
「ラーメンがたべたいと?」
「屋台へ行かへんか? 俺、天麩羅もええし酒も呑みたいし」
「夜からやけん屋台は、天神の地下へ行こう」
 もう五年も前になる。結婚の報告を兄に告げに来たついでに、新婚旅行を兼ねて、福岡を旅して歩いた。
 あのときも夏だった。櫛田神社の博多祇園山笠を康二と二人で見た。太宰府天満宮へ行き、
  東風吹かばにほひおこせよ梅の花
  あるじなしとて春を忘るな
 梅の古木の前で、道真公の句をふたりで詠んだ。
 柳川の御花まで行き、どんこ船に揺られて川下りを楽しんだり、思い出が次から次へと沸き上がり、涙が頬を流れる。胸が苦しい。両手で顔を覆い、泣きながら家に帰りついた。
「ごめんな、まだ早かったねぇ、一人で出すのは」
 兄嫁が私の背を泣きながら撫で続けた。ヒューヒューと喉から出る音と涙でぐしゃぐしゃになり、私は玄関の上がり口にしゃがみ込んで吐いた。
 帰りたい、康二と暮らした大阪へ。
 体も何とか元に戻り、声を出せるようになったのは、金木犀が甘い香りを放つ秋も深くなった頃だった。

 天神橋に家を探した。福岡と同じ名前の土地だから。
 天神橋五丁目、すぐ側を大阪環状線が走り、天満駅に十分もあれば行ける。ビルの建ち並ぶ都会のすぐ近くなのに現代から置いて行かれた様な静かな場所。長屋はそんなところにあった。
 どれだけ眠っていたのだろう。汗でパジャマがしとどに濡れている。外はもう暗くなっていた。手首が疼く。哲夫が「八針縫った」と言っていた。
 入り口の開く音がした。
「佐伯さん、上がるで。起こしてしもたか?」
「今、目が覚めたとこ」
「えらい汗かいて。着替えるか」
 新しいパジャマをお風呂場に持って入って着替えた。鏡に目の落ち窪んだ青い顔が写っていた。髪がべったり額に貼りついている。
「よう汚れてしもた今日は。俺も着替えさしてもうてもええかな」
 このまま座ると部屋が汚れるのでとすまなさそうに言った。玄関の上がり口に、泥のついた地下足袋が揃えて脱いであるのが見える。
「シャワーも使って」
「おおきに、ほな使わしてもらうわ」
 TシャツとGパンに着替えた哲夫は、仕事をしているときより若く見えた。年齢を聞くと二十六歳だと言う。私より三歳若い。
 台所へ行き、器用に夕ごはんを作ると右手の不自由な私に「食べさしたろか」と言った。
「スプーンぐらい使えるから」
「何や、左利きなんか? ほんで右手が怪我したんやな」
「……怪我って……切った」
「まあそうやろうけど、もうしたらあかんで、絶対に」
 何度この言葉を哲夫から聞いただろう。親方には、包丁を使ってて誤って切れたと言ってくれたとか。
「おまえが見つけたったんやから、あんじょう看病したれ」頼み込むとここへ来るのを許してくれたと言った。
「私は承諾してへんけど」
「そんなん言うなや、俺でも間に合うで」頭を掻いて笑った。
 右手の抜糸をした日、病院から帰ると家の前に哲夫が立っていた。奥の家の屋根が葺き上がり、哲夫の仕事は今日で終わるのだと言う。
「屋根屋さんて、家が出来上がるまで一緒に仕事するんじゃないの?」と私が驚くと、後は大工が造る。明日から違う現場になると言った。
「そう、明日からもう顔見られへんねんね? 寂しなるわ」
「これからも時々遊びに来てもええかな?」
「……命の恩人やもん、遊びに来て」
 珈琲を淹れるからと言うと上がってきた。
 抜糸した手を見せると「うわっ痛そ、でもようなって良かったな。絶対もうしたらあかんで」とまた言った。
 次の現場も環状線の駅が近いので「玉造りやねん、駅四つでここまで来れるし」帰りに寄っても良いかと聞く。
 私は笑って「しっかりきちっと仕事したらね。怠けた日は来んといて」と言ってやった。
「貴子さん、電話番号教えといてくれる?」
「電話は引いてへんのよ。携帯しか」
 呼び方が佐伯さんから貴子さんに変わっている。そういえば二人とも携帯を持っていることさえ知らなかった。

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 日本一長いといわれる天神橋筋商店街を、私は時々散歩する。中程の仏壇屋で小さな位牌を買い、俗名を表に金文字で入れてもらった。裏には行年三十一歳と。小さいリンと蝋燭とお線香も買った。
 一人で康二の一周忌の法要をする。
(こんな事して康ちゃんどう思ってるんだろう)
 福岡の兄の家にあった私達のスナップ写真を持って帰ってきてあった。フレームに入れてその横に置いた。康二も私も横顔で思いっきり笑っている。
「康ちゃん……」
 写真を抱き締めてその場にくずおれた。堰を切ったように涙があふれフレームの上に溜まっていった。
 兄嫁からは毎日のように携帯にメールが入ってくる。翔のおどけた顔の写メールと共に。兄達には、今度の事件は知らせていなかった。

 郵便受けに転送葉書が入っていた。美容室で同僚だった里香からで『どうしてる? まだお兄さんの所ですか。また一緒に仕事をしたいな。大阪に戻って来ることがあれば連絡下さい。無理しないでね』と書いてあった。表に兄の字でここの住所が赤鉛筆で書かれてある。里香の携帯にメールを入れた。私は携帯番号もメールアドレスも変えてしまってあるので、解るように名前も書いて。
 私の働いていたアトリエロンドは心斎橋にあるビルの五階で丸い窓から御堂筋を挟んで三津寺さんがよく見えた。繁華街の真ん中で白壁に沢山の屋根瓦を黒々と湛え道行く人々を一瞬、別世界へと誘う。
 メールの返事はすぐにきた。まだ籍はそのまま置いてあるので、明日からでも仕事は出来るとの事。明日からは無理だけど近いうちに行くと答えた。里香の気持ちがとても嬉しかった。
 御堂筋を北から南まで康二とよく歩いた。冬になると銀杏並木に沢山のイルミネーションが点けられる。
「歩けへん?」
「おう! こっちまで来るか」康二のオフィスは梅田にあった。
「七時になるけど、地下鉄でそっちまで行くわ」
 仕事が早く終わった日、落ち合って軽い食事をして、難波まで歩く。手をつなぎ肩を寄せ、冷たい風に鼻の頭を赤くして。カシミヤのコートの肌触り、煙草の香り、康二の温もりが蘇る。難波から私鉄に乗り更に南へ、和泉市に康二の実家があった。旧家の一人息子で、私達は義父母と同居した。
 義父はこの土地の有力者で税理士をしていた。康二に後を継がせたがったが本人にその気はなく、美大を卒業するとCGの仕事についた。
 義父母と私達の住む古い大きな家の庭には、見越しの松や梅の木やつつじなどが良く手入れされ四季の風情を楽しませてくれた。
 結婚が決まり、二人で先に籍を入れた。福岡の兄に報告に行ったのはこの頃だったと思う。大勢の親戚や友人を招き、佐伯家代々の盛大な結婚式をする予定になっていたが、身ごもっていた子を流産してしまった。式は延期になり、そのままになった。あのとき死んでしまいたいと泣く私に、
「死ぬな、俺のために。子供はすぐに作ればいい」
 そう言って抱き締めてくれた康二。私のためにどうして生きてくれなかったのか……。義母の私への態度が変わっていったのもその頃からだった。
 結婚を機に辞めた美容師の仕事をまた続けた。仕事先への行き帰り、よく待ち合わせて乗った地下鉄。いつも同じ車両の同じ場所。席が空いていると必ず私を座らせ、自分は立って、経済新聞を読んでいた。
 康二が逝って、私は地下鉄に乗れなくなってしまった。
 戸を叩く音がした。もう六時を過ぎている。辺りは暗くなっていた。
「こんばんわ」
 哲夫が立っていた。
「具合悪いのんか? またにするわ」
 康二の思い出に耽っていたので、疲れた顔をしていたのだろう。
「そんなことないよ。どうぞ」いつもより早く終わったので、急いで来たという。地下足袋と五本指の軍足を玄関に脱いで上がって来た。
「シャワー使ったら? その間に何か作るから」
 私の前を通り過ぎ、六畳の部屋に入った哲夫はチェストの上の写真や位牌を見て足を止めた。
「やっぱり結婚してたんや、旦那さんなんやな、この人」
「そう、……事故で……」
「ほんで、手切ったんやな? よっぽどの理由があると思てたけど」
「何も聞かれへんかったから。……安心やった」
「……聞いたらあかんような気したし」
 葬儀にも出なかったし、墓がどこにあるのかも知らない。私の二カ月に渡る入院期間中も佐伯の家は、誰も見舞いに来なかった。
「私が夫を死なせたと思っているから。本当にそうかも知れない」
「……」
 少し戸惑いながら、哲夫は夫の小さな位牌に手をあわせた。
「……俺、今日は帰るわ」
 素足に地下足袋をはいて、鞐(こはぜ)をとめていく哲夫の手を私は何も言わずに見つめていた。
 晩夏の夕暮れは蒸し暑く、風は少しもない。沈黙が汗となって背中を腋の下を流れていった。

 梅田から地下鉄に乗るとき、足が震え汗と涙があふれ出てきた。(康二、お願い助けて)心の中でそう叫びながら心斎橋で降りた。
 地上にあがるとすこし息がしやすくなった。アトリエロンドのあるビルはすぐそこに見えている。ロンドは一風変わった美容室でスタッフ一人一人が店のオーナーのような感じで、正月の三が日を休むだけで後は無休だった。大方のスタッフが一週間に一度休むように、働き方などは自分で決めていた。
 百合、向日葵、トルコ桔梗、グロリオサ、レースフラワーなど、沢山の花で作った大きな花束を抱え、ロンドに入ると手の空いているスタッフや受付を手伝っている娘たちが歓迎してくれた。
 里香は接客中で、目が合うとちょっと頭を傾げて微笑んだ。
 アトリエの中の様子も前と少しも変わらず丸い窓の外には銀杏の木がさわさわと風に葉を揺らせていた。そして三津寺さんの黒瓦も見えた。
「懐かしい」
 もう一度ハサミを持つことが出来るだろうか。
 里香も、他のスタッフも事故のことは聞かなかった。
 髪をショートにカットして貰い色も少し入れた。
「良く似合ってるよ! 貴子」里香は鏡の中の私にそう言った。
 外に出てビルの前で佇む。少し考えてから、心斎橋筋商店街を南へ歩いた。
 康二とよく行ったアラビア珈琲の店へ行こう。
「お帰り!」店に入るといつもそう言って迎えてくれる。珈琲の香りに疲れていた体がほぐれていく。店の中はとても静か、商店街からちょっとだけ法善寺の方に入っただけなのに。
 濃いめのホット珈琲を飲み終えて、カップを置いて立ち上がると、
「毎度おおきに。行ってらっしゃい」耳慣れた言葉を後にして外に出る。
「ここらへんは歌舞伎座とか吉本とか角座が近いから芸人さんがよう来る店やねん。そやから出るときは行ってらっしゃいて店の人が言わはんねん」康二が言ってたのを思い出した。
 久しぶりの遠出と大勢の人と会って緊張したので疲れてしまった。
 家の鍵を開けると、仄かにお線香の香りがした。仏壇屋の主人が、
「これはお香として使うてくれはってもかましまへん。焚き染めんかてええ香りしまっしゃろ」と言っていた物。
 堺で作られた物で「包丁だけちゃいまんねんで堺は、これも名物だす」。
 陶器で出来た桜の花びら形の香立てと一緒に買い求めた。
 シャワーを浴びる。右手のリストカットの痕がシャワーに打たれてピンク色になって流れた。
 着替えてからお線香を焚いた。
「康ちゃん、今日は色んな事があったよ。偉かったって褒めてくれる?」私のつぶやきに、煙が揺れる。
 夢を見ていた。自転車に乗っている。漕いでいるのは康二で私は後ろに座って、しきりに話しかけている。
「ねえ何処へ行くの」康二は黙ったまま走り続ける。背中の温もりが私の胸に伝わって掴まっている両腕に力を入れた。
 目が覚めると畳が涙で濡れていた。温もりは、シャワーの後の火照りだったのか。
 携帯が点滅している。兄からだ。
「佐伯の家から、貴子の荷物が届いとるで、片付けがてら帰ってこんね」
「そんなもん全部捨てて!」
「そういう訳にはいかんやろ、大事な思い出の物もあろう?」
「ほんなら私の部屋に押し込んどいて。そのうち行くけん」
 あっちとの話し合いは、兄に任せた。ショックで声が出なくなった私は全てを放棄し、あれ以来一度も和泉市の家には戻らなかった。本当は何一つ私達の物を触って欲しくはなかったけれど、家を出てしまったのだから仕方のないことだった。
「翔も貴子に会いたい言うとるで」
「ん、私も会いたかよ」
「野菜を送ったから」電話を代わった兄嫁が言った。
 携帯を切ると、部屋の中はまた元の静寂に戻った。

 雨が降る朝、ホトホトと小さく戸を叩く音がする。
「はい……」扉の外の返事はない。躊躇するような気配が伝わってくる。ハッと気が付いて鍵を外した。
「おはよう……」哲夫が雨の中で立っていた。
「いや、哲ちゃん」軒が少ししかないので、傘を畳んだ哲夫の体は半分以上濡れている。
「入って、えらい濡れてるやん」
「雨の日は、仕事休みやし、ちょっと来てみてん」
 乾いたタオルを渡すと、ゴシゴシと顔を拭きながら照れくさそうに言った。
「もう来えへんと思った」
「ほんまはちょっと来にくかったけど、やっぱり気になって」
「……ごめんね。助けてもろたのに」
「ちゃうちゃう、俺があの日黙って帰ってしもたから。あやまるのんは俺や」
 何度も連絡しようとして携帯を取り出すが、かける勇気が無かったと頭を掻きながら言う。
「来て顔を見たほうが、やっぱり話せた」
 チェストの上の位牌に手を合わせ、
「線香は、これに立てるん?」
「そう、アロマよ。落ち着くでしょ。一石二鳥かな」
 昼から雨が上がるとの天気予報を信じて、哲夫は、
「用事がないんやったら出掛けへんか?」
 と言う。迷っていると、
「やむって、絶対! 俺がやましたる」
 急かされて、用意もそこそこに出掛けてしまった。
「どこへ行くのん」
「行きたいとこある?」
 首を横に振ると、
「丹波の篠山へ行かへんか。俺の生まれたとこやねん」
 JR北新地駅から篠山までは一時間半もかからない、おにぎりとお茶を買って、東西線に乗る。尼崎を出たころには、哲夫の予言通り雨は上がっていた。ウイークデーなので電車の中はすいていて、気持ちが良かった。
「哲ちゃんは、実家に寄るの?」
「いいや、本家はあるけど、俺とこはもう皆、大阪に住んでる。住ノ江の、ほら、護国神社のあるとこ知ってる?」あの近くで酒屋を両親と兄夫婦がしていると言った。
「俺は、早よ一人暮らししたい思うけど、まだまだやわ」
 休みの日には、配達を手伝わされると嘆いた。
「今日はよかったん? 出て来て」
 父親が「どこへ行く」と、軽トラにビールのケースを積み込みながら睨むので「仕事の打ち合わせ」と言うと「雨やのにか」もうその返事はしないで出て来たと笑う。
「こんな会話はニチジョウチャメシゴト」
「何? それ」
「日常茶飯事」
「うわっ、そうか、解らへんかった」
 哲夫の明るさに、釣られて笑ってしまった。
 篠山口駅に着いた。神姫バスに乗り継ぎ、篠山市内へ入る。二階町で降り歩いていると、堀が見え篠山城跡に着いた。外掘りはきれいに残されており、その内に中学校と小学校が、まるで自分たちがお城にでもなったように、その堀に守られて建っていた。階段を上がった本丸跡には、殿様を祭った青山神社がある。二人で参って、埋み門の外に出ると、日本唯一の土塁馬出しが残っている。窪地になっていて、馬を沢山置いていても、敵からは見えない仕組みになっているとか。得意げに哲夫が、話してくれた。
 侍屋敷を歩く。茅葺き入母屋造りの建物が何軒か並んでいる。住人が居る家もあった。町並みはしんと静まり返り、四百年も昔にタイムスリップしたよう。
 ジーンズのポケットの中で、マナーモードにした携帯が震えている。出して見ると兄嫁からのメールだった。
『寒くなってきたので、服取りに来んネ? それとも送ろうか』
「メール入ったからちょっと返事するわ」
 道の端に寄り、メールを打ち返す。
『今、丹波篠山を散策中。気持ちいいわ、近いうちに行きます』
 右に折れて細い道を歩いているとまた、
『エエッ一人で大丈夫? 無理せんときね』
 立ち止まり、
『大丈夫、友達と一緒だよ』
 そう打ってから、哲夫の顔を見た。ポケットに両手を突っ込み、雨の上がった青空を見上げている。
 パチンと携帯を閉じて、私も空を仰いだ。
「猪鍋食べよ。ちょっと時間ずれたけど」
 市役所や音楽ホール、大正ロマン館などの建ち並ぶ町中まで戻った。
 猪肉は味噌味で柔らかく、汗をかきながら食べた。
 大阪に帰り着いたのは、日も暮れて家々に明かりが灯るころになっていた。長屋の表通りまで送って来てくれて、
「遅なったし、帰るわ。疲れたやろ」
「ありがとう。楽しかった。おやすみなさい」家の前で振り返ると、哲夫はまだそこにいて手を上げた。私はもう一度「ありがとう」と言った。
 家に入り鍵を掛けると、涙が溢れてきた。「康ちゃん、私だけが楽しんでしまった」
 夜具に横たわり膝を抱かえ眠る。涙がいつしか嗚咽になった。康二の手が私の頬の涙を拭っていく。温かな手、形のいい厚い唇が泣きじゃくる私の口を塞ぐ。柔らかくやさしく。夢だと知りながら眠ってしまった。

 玉造りの現場が今日で終わり、今度は京都になると、哲夫が言った。
「神社やお寺の屋根するの」
「違う、普通の家や」いつか神社やお寺の屋根も葺いてみたいと言った。
「哲ちゃんの仕事してるとこ、また見てみたい」
「茅葺き屋根とか、手伝わせて貰えたりしたら、一緒に行こう」
 珈琲を飲み終えて、「また来るわ」と立ち上がり帰り支度をしている哲夫に「置いて行き、それ洗っとくから」私が言うと、
「ほんまに、ほな頼もかな」
 上がり口に、土で汚れた地下足袋が揃えて置いてある。部屋の灯りに鞐がキラリと光った。
 (了)