2008年05月01日
25周年迎えたTDR
浦安で生まれ、世界へ
| TDR25周年を祝うパレード「「ジュビレーション!」=TDL |
東京ディズニーリゾート(TDR)は、東京ディズニーランド(TDL)の開園25周年を記念して、4月15日から1年間にわたる「東京ディズニーリゾート25thアニバーサリー」をスタートさせました。25年前、開園とともに浦安市の名を全国に知らしめたTDL。その開園までの険しい道のりと世間を驚かせた成功ぶり、そして、TDRの今後をまとめてみました。
難交渉乗り越えディズニー誘致
同園は昭和58年(1983年)4月15日、米国外で初めてのディズニーランドとしてオープン。
浦安にTDLが建設されることになった発端は、高度経済成長期だった昭和30年代にまでさかのぼります。
当時の浦安では漁業が盛んでしたが、33年の本州製紙江戸川工場による汚水放流事件などによって、漁場環境が悪化。漁業従事者の間でも、漁業を続けるより県が進めようとしていた埋立事業に協力して、その補償で職業転換をしたいとの声が高まっていました。
これを受けて、浦安町議会は34年8月、埋立事業を推進し、大型遊園地や住宅などを誘致することを決議。翌35年、三井不動産と京成電鉄が出資して、浦安の埋立地開発を目的としたオリエンタルランド(OLC)が設立されました。
OLCは各国のレジャー施設を視察した結果、「ディズニーランド」誘致に目標を定め、37年に同社社長が米国のウォルト・ディズニー・プロダクションズを表敬訪問した時から非公式に交渉を開始。
ディズニー側は最初は日本進出に意欲的でなかったものの、OLC側の根気強い交渉の末、49年、ディズニー首脳が来日。伊豆や富士山麓などほかの候補地と合わせて視察し、「新しくできた土地で、環境をゼロから作ることができるディズニーランドにふさわしい場所」として初の海外進出先を浦安に決定しました。
正式な交渉が始まると、ディズニー側から提示される高いロイヤルティーなど条件の厳しさに、OLC親会社から採算性や集客力を疑問視する意見が出るなど、難航しましたが、54年4月、ようやく合意に達し、業務提携契約が成立しました。
翌55年12月、まだぬかるみだらけの埋立地で着工。58年3月に完成し、開園直前の同4月12、13の両日は全浦安市民を無料招待して「浦安市民デー」が行われました。
年間入場者数1,000万人という高い目標には世間の目も懐疑的でしたが、開園1周年を目前にした59年4月2日、見事に達成。その後もディズニーの強力なブランド力と日本人ならではのきめ細かなサービスで来園者を魅了し続け、平成13年に開園した東京ディズニーシーと合わせた入園者数は年間約2,500万人にも上っています。この集客力は世界のテーマパークでもトップクラス。
25周年を祝う昼のパレード
25周年のオープニングを飾ったのは、TDLで4月15日にスタートした新しい昼のパレード「ジュビレーション!」。
「ジュビレーション(jubilation)」は「歓喜」を意味する英語。
ペガサスの馬車のフロートに乗ったミニーを先頭に、「ライオンキング」「ピーターパン」「モンスターズ・インク」「トイ・ストーリー」など映画の登場人物たちが続々と登場し、ディズニーの世界を表現します。最後にやってくるのは、ミッキーやドナルド、グーフィーたちが乗った25周年のロゴが輝くフロート。途中、数カ所で停止し、新しいTDRのテーマソングで25周年を祝います。1日1回、約40分。
海外進出も視野新たな施設開発
7月8日は、TDL前に3つめのディズニーホテルとなる「東京ディズニーランドホテル」がオープン。地上9階建てで、3つのディズニーホテルの中では最大規模の705室。予約は宿泊日の6カ月前から受け付けており、7、8月中はすでに満室、9月も土日は埋まっています。
10月1日には、世界的に人気を博しているエンターテインメント集団「シルク・ドゥ・ソレイユ」の常設シアターがディズニーアンバサダーホテル前にオープン。この劇場でしか見ることのできないオリジナル作品が上演されます。
現在、OLCは新たな施設をディズニーと共同開発すべく、国内外を視野に入れて検討を続けています。国内で候補に挙がっているのは、北海道、宮城、愛知、大阪、兵庫、福岡の6道府県、海外では東南アジアのいずれかの国とする意向。
