2007年11月01日
<第18回浦安文学賞奨励賞>
いつか見たかった夕日
藤村沙貴
田中曽女・画
<ふじむら・さき>=昭和36年4月、新潟県生まれ。主婦。新潟市在住。
わたしって一度にひとつのことしかできません。だからなのでしょうか、あるものが欲しいとなったら、そのことばかり考えてしまいます。
おととい仕事帰りに立ち寄ったデパートで見たブラウス。襟のところにフリルが寄せてあって、色は何とも言えない、くもった感じのローズです。ひと目で気に入ってしまいました。ただ今の季節に一枚で着るには寒いでしょう。そのせいで、値段は三割引でした。でも、やっぱり高い。
わたしはごく普通の主婦です。家族は単身赴任をしている夫、それに姑にあたるお婆ちゃんと、高校生の一人娘、由梨絵がいます。何年か前から、平日の昼間、近所の喫茶店で働くようになりました。朝の十時から昼の三時ころまで。ランチのおいしい店なので昼間は混むのです。
あのブラウスを手に入れるためには、今週一杯働かないと……。でも、由梨絵にブーツを買ってあげる約束もしているし。
「ハンバーグランチひとつに五穀米ランチふたつ。飲み物はホットに紅茶に、オレンジジュース、あっ、紅茶はレモン、いやちがう、やっぱり、ミルクにしよう」
最初のころには、こんな注文に頭がくらくらしました。覚えておけなくて何度も失敗し、それからは必ずメモするようにしました。でも、メモするのも手間取り、聞き返しては嫌な顔をされたものです。
その間にテーブルのあいだをかけずりまわって、お水を運んで、いらない食器を下げて。厨房が忙しければ、皿洗いもしなくてはなりません。
だから、三時になるころにはくたくたです。でもそんなほっとしたときに頭の中をよぎるのは、あのブラウスのこと。フリルが高いのかな、アンティークっぽくてごてごてしていない。売れたらどうしよう。そう思うと、いてもたってもいられません。きっと何カ月も後悔するでしょう。そうして帰りにデパートへ寄って、あのブラウスがあることにほっとして、いざ買おうかとなったら、さっきまでの喫茶店での重労働を思い出し、
「やっぱり、もったいないな」
と、思い直して。そのくせ、家へ帰れば、また考えてしまうのです。
もっとも、家にいても話し相手などいないのです。単身赴任の夫と話すのは家のローンやお婆ちゃんのからだのことなど、要するに事務的なことだけ。由梨絵はテニスの部活で遅いし、お婆ちゃんはほとんど部屋にこもりっきり。五年ほど前に転んで足腰を痛めてから動かなくなり、今では立つのもおっくうそう。
その日も夕ご飯のしたくができたので、お盆に載せて運びました。なんだか病院食のお給仕です。
「お婆ちゃん、ご飯よ」
わたしが声をかけると、
「はいよ」
中からお婆ちゃんが返事をしました。わたしはお盆を左手でささえると、右手でふすまを開けました。これだけはさすがに毎日鍛えているだけあって、馴れたものです。
「あら暗い。電気をつけますよ」
お盆をこたつの上に置くと、電気のコードを引っ張りました。部屋が急に明るくなって、いろんなものが浮かび上がりました。一年中しいてあるこたつ、孫たちの写真。読みかけの雑誌に脱いだはんてん。
「今日はお婆ちゃんの好きななめこ汁よ。それもスーパーのと違うの。長野のですって。一緒に働いている仲間からもらったのよ」
「ありゃ、そら楽しみだね」
お婆ちゃんは嬉しそうに言いました。笑うとしわだらけになって、お婆ちゃんもずいぶん年をとったなという感じがします。同居を始めたころは、まだぴんぴんしていて気も強く、いらない箱を捨てようとすれば、
「なんて勿体ない。物は大事にしなきゃいけんでしょう」
由梨絵がくしゃみをすれば、
「ほらこんなに薄着させて。風邪ひかす気かね」
と、いちいちうるさく、最後には、
「まったくあんたはおおざっぱで」
とか、
「頼りない母親だ」
などと言うので、正直あたまにくることばかりでした。だから、部屋に閉じこもっていてくれて助かるというのが本音です。でも、月に何度かリハビリの手伝いの人が来てくれて、
「お婆ちゃんもたまには外へ出る気になるといいんですが」
と言うときは、
「ええ、本当に」
と、あいづちをうって、
「お婆ちゃん、今度散歩でもしましょうか。わたしが車椅子押すから」
と一応は言います。するとお婆ちゃんは、
「もうさぶくてねえ。またいつか、にな」
と、気乗りしないように言います。わたしが本心から言っていないのが伝わるからかも知れません。
お盆を出して来ると、リビングに由梨絵がいました。
「お母さん、これお願い」
差し出されたのは集金袋。夏の合宿にかかったお金です。
(けっこうかかるんだ)
こころの中でため息をつきました。
「それにね、ブーツ、今週中に頼むよ。みんなもうはいてるもん」
「わかった」
わたしはリビングの続きの和室に行き、たんすの中から一通の封筒を取り出しました。今月の生活費がはいっています。由梨絵の合宿代とブーツ代を抜くと、もう食費しか残りません。そのときまたあのブラウスが浮かびました。
わたしだって毎日一所懸命やっているんだ。そう思うと、無性にあのブラウスが欲しくなりました。今は着られなくても、春になったら着られるし。
欲しい、欲しい、どうしても欲しい。
わたしは残りのお金も抜いてしまいました。
翌日、仕事が終わってからデパートに直行しました。ブラウスを包んでもらうと、つきものがおちたように、ほっとしました。素敵なブラウスの包みを抱えて歩いていると、違う自分になったようで、うきうきします。
そして帰るときに見た、ショウウインドウの中にうつっていた新作のコート。
今度はそれにくぎづけになってしまいました。
それから一週間たって、わたしはキャッシュコーナーの前に立っていました。機械の前にはいくつもパンフレットがおいてあります。そこに書いてあるのは「すぐにキャッシング。あなたの夢をかなえます」という文字でした。
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わたしの夢。それはあのコートを着て街をあるくこと。普段着るにはちょっとおしゃれっぽすぎるけど、そのうち着る機会もできるでしょう。
慣れた手つきで次々とキーを押していきました。すぐに一万円札が何枚かたばになって出てきます。それをつかんで財布に入れようとしたとたん、いきなり扉が開いて声をかけられたのです。全くとびあがるかと思いました。声のぬしは由梨絵だったのです。
受付をすませると、窓口の女の子に、
「呼ばれるまで、そちらでお待ちください」
と言われ、わたしは待合室のソファに腰掛けました。
まだ新しい建物で、吹き抜けの天井のせいか、広々として見えます。
あの日のことは忘れられません。
「お母さん」
と声をかけられたときのドキドキ。
「何してるの」
あわててお金を財布に突っ込みました。
「あなたこそ、どうしたの」
「今日は先生たちが研修会に行くから早く帰れたの。それで、ちょっとブーツ探そうと思って。そしたらお母さんが見えたから」
「そう」
何でもないふりをして財布をバッグに入れたけど、悪いところを見られた弱みで少し取り乱しているのが自分でもわかりました。
結局、由梨絵をごまかすことはできなくて、何度かそこでお金を借りていたことを白状しました。
「どおりで、お母さんのクロゼット、きれいな服がたくさんあると思った。でもお母さんどれも全然着ないじゃない。なんかおかしいよ」
何も言えません。
「お父さんには黙っていてあげるからさ」
由梨絵はそう言ったあと、
「あたしにこそもっと服買ってよね」
と、ちゃっかり言ったのでした。
[苅部メンタル・クリニック]
それが、この病院の名前です。どうしていいのかわからなくて、評判のいい、このクリニックに来てしまいました。
メンタル・クリニックなんていうと、わけがわからなくて、敷居が高かったけれど、待合室にいる若い女の人は備え付けのコーヒーメーカーのコーヒーを飲み、馴れているように、ゆったりとしていました。
十分ほどして名前を呼ばれ診察室に入るときはさすがに緊張しましたが、ベテランらしい女の先生がにこやかに出迎えてくれたのでほっとしました。髪をおだんごにして上でまとめてあって、白衣ではなく、やわらかなピンクのニットを着た先生は、お医者さんというより、いいところの奥様といった感じでした。
「どうしましたか」
聞かれて、口ごもりながらも今までのことを話すと、先生はじっとわたしの目を見て聞きました。
「何が一番問題だと思いますか」
いきなりそんなことを言われたので、返事につまりましたが、少しして、
「お金を借りてまで洋服を買おうとしたところでしょうか」
と、小さな声で答えました。
「聞いていいかしら。ローンはいくらくらい残っているのですか」
先生は、いたずらっこに、いたずらを白状させるように尋ねました。
わたしは答えました。パート代約三カ月分でした。
由梨絵に見つかった分はすぐ返して、コートは買わなかったのです。
「でも前より少しずつエスカレートしている気がして」
「うーん」
先生は考えながら、
「一番の問題は、着もしない洋服を買う、というところにあるように思うわ」
と、言いました。そして、
「あなたの場合、『いつか』シンドロームかしら」
と、一言ったのです。
「イツカシンドローム?」
わけがわかりません。
「ええ。いつかシンドローム。あなたの場合、中度くらいかしら」
「それは、どういう病気ですか」
「心配しないで。これは病気というものではないわ。それに、だれにでもその要素はあるの」
今度は先生がいたずらっ子のように笑いました。
「事実、わたしもずっとそうだったのよ」
「そうなんですか」
わたしはおどろきながらも、ほっとしていました。
「でも、重くなると大変よ。ゆっくり直していきましょう」
「薬とか飲むんですか?」
「いいえ。処方箋は出すけどね。課題といった方がいいかな。また、一ト月たったら来て下さい」
それで診察は終わりです。なにか聞きたいのに、なにを聞けばいいのかわかりません。
帰りのバスの中でもらった紙を、がさがさいわせて開くと、
「クロゼットの中の服を整理して下さい。そのとき、一枚ずつ買ったときの気持ちを思い出してみましょう」
と、ありました。たしかに学校の宿題みたいです。
しばらくたってから重い腰をあげ、わたしはクロゼットの扉を開けました。
服やコートがずらりと並んでいます。それもほとんど新品のまま。値札がついたままのもあります。
その中からサテンのドレスを取り出しました。きれいなオレンジ色で、着ると裾がふわりと広がるデザインになっています。これを買ったのはいつだったろう。由梨絵がまだ小さくて幼稚園に行っていたときだから、もう十年くらい前。
これを買ったときの気持ちは……。わたしは目をつむってそのときのことを思い出そうとしました。そうそう、これもたしか、あのデパート。
昼間そこをぶらぶら歩いていたら、突然このドレスが目に飛び込んできたんだった。そしてついふらふらとそのドレスに近寄って行ったら、店員さんに声をかけられ……。
「生地のせいでそんなに派手に見えないし。形もとてもシンプルでしょう」
「でも、こんなの着て行く場所なんかなくて」
「あら、ちょっとしたパーティーとか新年のご挨拶とか、いくらでもありますよ」
などと言われ、その場では買わなかったものの、
「いつかあのドレスを着たい」
という思いで一杯になり、とうとう無理して買ってしまったのだ。
次に、一着のスーツを手に取りました。上品なデザインに惹かれて買ったのに、いざ着ようとするとなにか浮いているような気がして、結局しまいこんだまま。
このクロゼットにある服はそんな服ばかり。「いつか着よう」の服ばっかり。
そこで、にぶいわたしにもやっとわかりました。いつかシンドロームの「いつか」が。
二度目の診察のとき、わたしがそれを言うと、先生はにっこりしました。
「自覚することが大事ですよ」
「はあ」
「いつかにも、良い『いつか』と、悪い『いつか』があって、悪い『いつか』をためこんでいると、それでこころの中がいっぱいになってしまう。重症になると動けなくなってしまうのよ」
「それは、こわいですね」
「では、次の処方を書いておきましょう。また一ト月後に来て下さい」
それでその日は終わりでした。
二度目の処方箋は、
「いらない『いつか』を捨てて下さい」
と、いうものでしたが、これは少し難しく感じられました。「いつか」を捨てる、ってどういうことだろう。よく意味がわかりませんでしたので、とりあえずまたクロゼットを開けてみました。そこにいらない「いつか」がいっぱいつまっているのですから。
着てもらえなくてわびしそうな服がオーラを放っています。わたしは、何とか着られそうな服を少し残して、あとはリサイクルショップへ売ることにしました。
おそるおそる持ち込んだ服に、若い男の店員さんは、次々に値段をつけていきます。泣きたくなるほど安い値段。
「これ、もとは十万円もしたのですが」
「流行がありますしね」
と、そっけなく言われました。
洋服と一緒に、いつか出るはずだった、きらびやかなパーティーや、だれかのほめ言葉がぱたぱたとどこかへとんで行ってしまいました。いいえ、最初から、本気でかなえる気などなかったことがよくわかったのです。でもたとえただの夢でもそれを見ているあいだは心地よくて、それらを手放すのは、自分がからっぽになってしまうようなさみしさがありました。
でも家に戻って、すかすかになったクロゼットを見て不思議と胸がさっぱりし、自分がやっと等身大にもどったような感じがしたのです。それに洋服なんて、どんなに高くても着なければ何の価値もないのだ、と悟りました。
次の日、この前のブラウスに、去年買ったジャケットをはおり、仕事場に行きました。
「どうしたの。おしゃれして」
仲間が、目を見張ります。
「『いつか』が今日になったの」
「は?」
「今日は特別な日なのよ」
と、ごまかしました。
残ったローンを早く払ってしまいたくて、土、日もコンビニで働くことにしました。
それからまた診察に行って、出された課題には、
「大事な『いつか』を探して下さい」
とあります。
いらない「いつか」ばかりで暮らしてきたので、大事な「いつか」なんてあるんだろうかと思いました。洋服を買うことにしゃかりきになっていたのが、今度は働くことにしゃかりきになっているだけかもしれない、と思ったり。
そんな、ある夜のこと。その日は由梨絵が二泊三日の秋合宿でいません。疲れのたまっていたわたしは、その晩なかなか寝つけず、ようやく寝ついたかと思うと、夜中に目がさめました。
でもいつもと感じが違います。胸が苦しくてたまりません。心臓がどっくんどっくんと打っているようです。ゆっくり起き上がって、深呼吸をしました。少し収まったような気がしたので、そろそろと立って台所へ行き、コップに水をくんで一口飲みました。汗をかいています。ふらふらしながら寝室にもどろうとしたのですが、また息ができない感じになって、このまま死んでしまうのではないかとこわくなりました。
ともかくお婆ちゃんの部屋までたどりつき、
「お婆ちゃん」
何度か呼ぶと、お婆ちゃんがふすまを開けてくれました。
「どうしたの」
「なんだか胸が苦しいの」
「救急車呼ぼうか?」
「タクシー呼んで。町立病院に救急外来あるから」
お婆ちゃんは自分のはんてんを取って、わたしにかけてくれると、這ってリビングの電話口まで行き、灯りをつけました。
「電話番号はどれや?」
「ほらそこのボードに貼ってあるでしょう、右端の下」
「ああ、これか」
でも今度はその文字が見えないようです。その紙をはがして口にくわえると、また這ってきたのです。それがちょっとおかしくて、苦しいくせにわたしはふきだしそうになるのをこらえました。
でも、お婆ちゃんのおかげで無事タクシーを呼ぶことができたのです。
結局どこも異常はなくて、過労からくる一時的なものだろうということでした。三日ほど休んで、また喫茶店の方は通い始めましたが、コンビニの方は辞めさせてもらいました。
久しぶりに訪れた休日。お天気がいいので、ずっと干していなかったふとんを干すことにします。わたしのふとん、由梨絵のふとん。お婆ちゃんのふとんも干そうと思って、声をかけました。お婆ちゃんはこたつに入って、テレビを見ています。
「じゃあ、押入れ開けますよ」
と、言いながら開けると、下の段が物であふれそう。
「なんだか増えたわねえ」
「由梨絵が置いていくからなあ」
どおりで、今どきのしゃれたロゴの入った箱がいくつかあります。ただその奥にはずいぶん古そうなお菓子の空き缶や包装紙、紙ぶくろ。
「少し片付けましょうか」
「いいや。何でも粗末にしたらいけんから。いつか使うこともあるやろう」
「そうですね。いつか」
わたしは大声で笑ってしまいました。お婆ちゃんは変な顔をして、わたしを見ます。そのうえ、自分でも思いがけなかったのですが、
「ねえ、お婆ちゃん。今日は晴れているし、午後からでも、少し外に出ましょうよ」
と言ってしまいました。お婆ちゃんはさらにけげんそうな顔をしています。
少し強引にお婆ちゃんを連れ出して、わたしは外に出ます。十一月の、雲ひとつない本当にきもちがいい日です。お婆ちゃんの簡易車椅子を押しながら、わたしは近所を散歩することにしました。
野菊がかたまって咲いています。
「菊がきれいやなあ」
「ホント、秋ねえ」
「そういえば、坂の下にあったお汁粉屋さん、まだやってたかな」
「ええ、お店ありますよ」
「なつかしいなあ。わたしがまだ働いていたころ、よく寄ったもんだけど」
「確か、息子さんがあとを継いだって聞いたけど。行ってみますか」
「今日はわたしがおごるわ」
「まあ、すみません」
けちで有名なお婆ちゃんがおごるなんて、よっぽどうれしいのに違いありません。
車椅子をお店のある方向に回すと、
「いつかまた行きたいと思っていたけど、でももう無理や、動くことできないし、と思うて、あきらめててねえ」
お婆ちゃんは嬉しそうに一人でしゃべっていました。
その気になればもっと動けるはずなんですがねえ、とリハビリの人が言っていたことを思い出しました。
「いつかシンドローム重症患者」ってお婆ちゃんのことかもしれません。
お汁粉屋さんで知り合いに会い、お婆ちゃんのおしゃべりはつきることがありませんでした。ようやく、お店を出たのは夕方。
坂をのぼって一息つくと、日はもう傾きかかっていました。雲があかく染まり、夕日があたりを金色に照らしています。いい夕方だなあ、としみじみ思いました。お婆ちゃんも黙って夕日を見ています。
こんなふうにゆっくり夕日を見たのは何年ぶりでしょう。本当に欲しかったのはこんな時間だったような気がします。
こうやって一日の終わりに、町を見下ろしていると、今までの自分まで、夕日に染まった町のスクリーンに映し出されてくるようでした。由梨絵が熱を出せば、どうしていいかわからずにおろおろしていたわたし。学校でいじめられたと泣いて帰ってくれば、一緒に涙ぐむことしかできなかったわたし。
そんなわたしの姿はこっけいだけど、けなげでした。ずっと自分が嫌いで、違うだれかになりたいと思っていたけれど、そのとき初めて、こんな自分でもいいんじゃないかって思えたのです。
ローンまでして洋服を買っていた自分を馬鹿だと思っていたけど、そんな自分でさえ許せるような気がしたのです。
そして、そんなふうに思える日こそ、ずっと待っていた、大事な「いつか」だったんじゃないだろうか。
「そうだ。そうだったんだ。やっと見つけた。あたしの大事な『いつか』を」
わたしは、こころの中で歓声をあげました。
大きな大きなスクリーンは、すみれ色に変わり、それが夕闇とともにだんだんうすれていったけど、その残像はわたしのこころの中に、しっかりときざみこまれました。
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「そろそろ行きますね」
お婆ちゃんにそう声をかけてから、わたしは、はっとしました。
「いけない、おふとん干しっぱなしだった」
「なんやって」
お婆ちゃんが顔をしかめて、ふりむきました。
「そう言えば、ふとんしまいに来てなかったもんなあ。まったく、つべたくなってるよ」
あきれています。
「秋は早くしまわんと。すぐ暮れるんやから。まったくあんたは頼りないなあ」
自分の長話はたなにあげて、お婆ちゃんは、わたしを責めました。いつもならそう言われると、とんでもないことをした気がして、顔もひきつるのですが、そのときは、
「頼りなくてもいいじゃないの」
と笑いとばすことができたのです。
「その頼りない嫁に、こうして頼っているのはだれですか」
そう思えたとたん、もうお婆ちゃんがこわくなくなりました。そして、気づくと、
「由梨絵と三人でお婆ちゃんのこたつで寝かしてもらいましょ。そのかわり、掃除してからね。だってお婆ちゃんの部屋片付いてないものねえ」
と、言い返していました。
(了)


