2007年07月01日

<暮らしの中の世界史>
ITとカレーのインド
東京学館浦安高教諭 小橋 正敏

 最近、インド式計算法を紹介する書籍が流行っているという。古代からインドは、数学的知識の長い蓄積と伝統(ゼロの概念、十進法、位取り記数法など)があり、これまでチャンドラセーカル.ラーマンらのノーベル物理学賞受賞者やラーマヌジャンなどの数学者を輩出している。
 今年は、日本インド文化協定締結50周年により日印交流年である。世界第2位の総人口11億2,000万人をかかえ、世界最大の民主主義国である現代インドは、情報技術IT産業によって目覚ましい発展を遂げている。
 昨年度の国内総生産GDPの伸び率は9.8%と主要国.地域で中国に次ぐ高成長を記録し、さらに来年度のGDP伸び率は、10%に達する見通しであるという。
 現代インドがIT産業に強い理由として、学校教育現場で数学教育が重視され、大量の暗記を前提とした証明問題重視のカリキュラムが編成されており、エリートの養成を目指した厳しい受験競争や徹底した高等教育が実施されていることが挙げられている。
 こうした先端的な科学技術や経済活動の研究と教育を担うものとして大いに期待を集めているのが、50年代末から相次いで設置された国立の「インド工科大学(IIT)」と「インド経営大学(IIM)」である(押川文子『アジア新世紀5』岩波書店)。
 これらの新制大学の教育水準はきわめて高く、地方都市や農村部の学生にとっては、将来の安定かつ高収入が魅力的であるという。
 特に、1991年以降、インド政府が経済開放政策に踏み切ったことは、IT産業の発展を促進した。さらに、英語が連邦公用語に準じるものとして定着しており、米国とインドの時差を利用したネットワークのグローバル化による外注委託の拡大、先進国に比べて相対的に安価で豊富な技術者の存在などがその基盤となっている。
 しかし、また、現代インドの矛盾として、貧困.教育格差の拡大があげられ、人口の2割程度の中間層が市場経済の恩恵を受けている半面、人口の7~8割を占める農民層の貧困化が進んでおり、いまだ低水準の識字率(約65%)や未就学児童労働の増加などが指摘されている(井上貴子「ガンディーのインド・ITのインド」大東文化大学アジア理解講座)。
 さて、日本人にとってインド料理といえばカレーライスがおなじみであろう。
 日本では、1877(明治10)年から風月堂の洋食レストランで食べられたが、庶民レベルまで全国に広がることに一役買ったのは、旧軍の給食カレーであった。
 軍隊生活で味を知った若者たちが帰郷して伝えて、第二次大戦後、カレーライスが全国の学校給食の献立に登場、現在のように大人から子どもまで普及していった。もっとも、本国インドのカリーとは、かなり中身が違うものになってしまったが。
 朝日新聞(5月20日付け)によると、海上自衛隊では現在でも毎週金曜日の昼食は原則、全員がカレーで、その数4万人あまりという。
 インドカリーの店「新宿中村屋」の献立表には、1927(昭和2)年、喫茶部開設時の中村屋本店と昭和初期のインドカリーセットの写真が載っている。裏面には、「恋と革命の味」と題して「新宿中村屋」の純インド式カリーの由来が書かれている。
 1907(明治40)年、本郷東大前のパン屋「中村屋」が新宿に支店を出した。1909年、現在の「新宿中村屋」本店ビルが建つ場所に本店を移転し、以来100年近く営業が続いている。
 そして、1927年、日本初の本格派インドカレーが販売された。これに関わったのが、インド独立運動家のビハーリー・ボースであった。
 1885年、インド国民会議派創設された。イギリス統治下における漸進的な自治権の確立を要求したの対し、急進派の指導者たちは即時無条件のインド独立を要求した。1886年、ベンガル地方の農村部で生まれたボースは、急進派の独立運動に関わるようになり、指導者の1人となった。
 1915年、インド総督爆殺未遂事件を契機に日本へ脱出するが、当時の日英同盟の下にあって、日本政府はボースに対して国外退去命令を下した。これに対して、言論機関や頭山満、犬養毅などが反論、激しく抗議した。そして頭山の要請により、彼をかくまったのが「中村屋」店主の相馬愛蔵、黒光夫妻であった。ボースと中村屋店主の娘、俊子は結婚して、日本に帰化した。
 1925年、三越百貨店の新宿進出に対して、1927年、「中村屋」は喫茶部を開設した。この時、喫茶部の看板メニューとして売り出されたのが、ボース直伝の「インドカリー」であった。
 ボースにとって、本格的な「インドカリー」を日本人に広めることは、イギリス人によって植民地化されたインドの食文化を自らの手に取り戻そうとする反植民地闘争の一環であった(中島岳志『中村屋のボース』白水社)。
 今年3月20日、アトレ新浦安1階に「新宿中村屋」が開店した。「新宿中村屋」の伝統あるカリーの味が、浦安でもちょっぴり安く味わえる。
 (歴史教育者協議会)