2006年03月01日
<連載:牧義人の写真散歩・道>
船圦緑道
農漁業名残の川跡
寒い寒いと言っていても、三月と聞くだけで何かホッとする。もう春はそこまで来ている。
先月の「うらやすニュース」には「読者の広場」にたくさんの市民の方々の投稿が載っていた。私は今回も大変興味深く読ませていただいた。身近なことが率直に語られているのが良い。
例えば、「自転車について」の項には夜間の無灯火自転車への危険性を訴える方が目立った。
確かに日が落ちてからも当たり前のようにライトを点けずに走っている自転車は多い。これは歩道を歩く人に危険なことはもちろんだが、車道を渡る自転車自身が危険にさらされていることに気付いてほしい。
私自身『道』の連載を始めて半年ほどになる。
投稿の中に日の出の小久保小夜子さんの「一月号の舞浜リゾートエリアの並木道の写真に目が止まった」――あるいは弁天の入山千登世さんのように「『うらやすニュース』を端から端まで全部読みます」という読者の方に出会うと、とてもうれしい。
よし、また来月号の良い写真を撮ろうと取材に出かける。
今月は浦安市内の最も北にあたる当代島の船圦(ふないり)緑道にやって来た。東西線の浦安駅から宮前通りを市川方面へ向かい、市民病院の少し手前の細い道を東に折れる。一見、何でもない道のセンターラインに緑の小道が走っている。
おなじみのおさんぽバスなら「船圦緑道」というバス停がある。
私が訪れたのは二月半ばだが、暖かい日。若いお母さんが小さい女の子を遊ばせていた。
昨年来た時にはもっと緑が多かった記憶がある。やはりこの時期はまだ緑道としては少し寂しい。
「夏にはここに小川が流れていて、子供たちが水遊びできるんですよ」とお母さん。
この風景だけでは特に何も気付かないが、小道の中央には「船圦川跡」と案内板が立っている。
それによれば、三十余年前まではここに船圦川が流れていたことが分かる。農業用として田畑に水を引き、また、この川から漁船が旧江戸川に漁に出た。
そうです。その川を埋め立てた跡がこの船圦緑道ということです。今は市民の良い散歩道である。

